鳳来寺山 表参道|歴史と自然に包まれた表参道を歩く【新城市】

鳳来寺山表参道を歩く 新城市散策
新城市散策自然

鳳来寺山へ向かう途中の表参道。自然豊かな表参道はその土地ならではの見どころに詰まっている。

自然豊かな表参道を歩く

表参道入口となるこの場所では味わいあるお土産店や飲食店が立ち並ぶ。

観光地としての賑わいを見せる一方で、少し進むと田舎ならではのどこか懐かしい雰囲気が漂ってくる。

鳳来寺山表参道、奥平仙千代

到着してまず目に留まったのは、「奥平仙千代 最期の地」と書かれた石碑だ。 気になって調べてみた。

奥平貞能の二男・仙千代は、日近城主・奥平貞友の娘であるおふうと、萩城主・奥平勝次の子である虎之助と共に人質として武田氏へ送られていました。しかし、天正元年(1573年)に本家が武田氏から離反して徳川氏に属したため、仙千代を始めとした人質は鳳来寺口で処刑されてさらし首となりました。

徳川氏と武田氏となると長篠の戦いあたりだろうか。処刑された仙千代はまだ10代だったようで乱世の厳しさを窺い知る。

鳳来寺山表参道1

表参道は、歴史を感じられるだけでなく、自然も豊か。このまま直進すると鳳来寺山へと到着だ。

しばらく進むとのどかな田舎道が続く。梅雨も明けて日差しがまぶしい。非常に暑いがセミの鳴き声を聞きながら歩く田舎道は風情があってどこか心地よい。

梅雨明けのこの時期でしか味わえない。

閉校した校舎跡地

旧鳳来寺高等学校

鳳来寺高等学校

鳳来寺高等学校」の門が見える。現在は立ち入り禁止となっている。

2011年に閉校となっているが、そこまで昔ではないためまだ当時の面影を感じられる。

近くにはバス停があったが、立地的に近隣から通う生徒は限られていたのかもしれない。

自身が通っていた高校も田舎にあったがここまで豊かな山や緑に囲まれていなかった。

訪れたのはちょうど一学期の終業式の時期。かつて通っていた生徒たちもは、これから夏休みだ、という高揚感や半日で終わった授業の解放感に胸を躍らせて帰っていたのではないだろうか。

旧門谷小学校

しばらく歩くともう一つ校舎が見えてくる。

門谷小学校かどやしょうがっこう」の跡地。昭和中期頃に閉校となった今ではかなり珍しい木造校舎の学校。

運動場では今はカフェが併設してオープンがなされていた。

※旧門谷小学校は別記事で書いています。

表参道に咲く「鳳来寺百合」

表参道を歩いていると、所々に自生している山百合。

白く大きな花弁が特徴的で、大きさからどこか力強さを感じる。

調べてみると「鳳来寺百合」とよばれ、大切に保護されている。

青空に向かって咲いている、というわけでなく花弁の重みのためか垂れ下がっているが、その姿もこの百合の魅力なのだろう。

表参道を歩くとさまざまな銅像を発見

何やら帽子をかぶったマント姿の男性の像だ。明治から大正時代の人物だろうか。

像の中には徳利のような容器が置かれている。

近くの碑には「若山牧水わかやまぼくすい」と記されていた。

牧水は歌人であり、鳳来寺へ赴いたようだ。途中、鳳来寺山の「医王院」に宿泊した際に、「ぶっぽうそう」(コノハズクの鳴き声)という鳥の鳴き声を聞きながら酒を嗜んでいたようだ。

酒器が多く置かれているということは、それだけの酒豪であったのであろう。

こちらは「松尾芭蕉像」。デフォルメされており、近くのウサギの銅像と合わさりポップな雰囲気を醸し出している。

芭蕉も新城に住む弟子たちと一緒に鳳来寺へ参詣したとのことだ。しかし、芭蕉は持病が悪化し途中で下山し、麓の「屋根家」という宿へ泊った、といったエピソードが残っている。

参道沿いには他にも偉人の像や句碑が点在しており、鳳来寺は古くから多くの文人や偉人との関りがあったようだ。

もうすぐたどり着く「鳳来寺山」

緩やかなカーブに差し掛かった。すぐ傍に川が流れており、表参道の趣をより一層高めている。

この橋の向こうをしばらく進むといよいよ鳳来寺山の入り口に到着する。

鳳来寺山表参道は山道も含めまだまだ続くが、ここまで振り返るだけでもさまざまな発見の連続であった。

アクセス情報

駐車場(無料)から鳳来寺山石段までは1km前後あります。

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